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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)7267号 判決 1959年4月08日

原告 明礼輝正

右代理人弁護士 黒沢子之松

新井勝作

被告 長谷川マツ

外二名

右三名代理人弁護士 原田茂

被告 杉沢登

右代理人弁護士 小島利雄

主文

原告に対し、被告長谷川マツは別紙第一目録記載の建物を、被告杉沢登は別紙第二目録記載(イ)の店舗を、被告佐野晴美は同目録記載(ロ)の室を、被告近藤善作は同目録記載(ハ)の室をそれぞれ明渡すこと。

被告長谷川マツは原告に対し金二万二、四〇〇円及び昭和三三年八月七日から明渡済まで一月金五、六〇〇円の割合による金銭を支払うこと。

訴訟費用は被告長谷川マツの負担とする。

この判決は、第二項に限り仮に執行できる。

事実

≪省略≫

理由

被告長谷川マツが原告所有の別紙第一目録記載の建物を賃料一月五、六〇〇円、毎月末日払の約定で原告から賃借してこれを占有していること、被告杉沢登が別紙第二目録記載(イ)の店舗を、被告佐野晴美が同目録記載(ロ)の室を、被告近藤善作が同目録記載(ハ)の室をそれぞれ被告長谷川マツから転借して現にこれを占有していること、原告が被告長谷川に対して昭和三三年八月二日到達の内容証明郵便で昭和三三年四月分から同年七月分までの延滞賃料合計二万二四〇〇円を同年八月六日までに支払うように催告し、もし期間内に支払のないときは前記賃貸借契約を解除する旨の条件附契約解除の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争がない。

証人梶シンの証言の一部、証人明礼那佳の証言、被告長谷川マツ、松沢登各本人尋問の結果と成立に争のない乙第二号証の一を綜合すると、次の事実が認められる。

本件家屋の家賃は、被告長谷川が家屋の一部を被告杉沢に転貸したことがきつかけになつて、昭和三三年三月分から月額一、〇〇〇円値上げされて一月五、六〇〇円になつた。被告長谷川は右の値上を承諾したが、家の破損がひどいので、原告から毎月二、〇〇〇円宛五月分を借用してその修理をしたいから家賃の支払は月額三、六〇〇円にして貰いたいと原告に頼んだが、原告が承諾しなかつたので同年四月分から約定の家賃を支払わなかつた。そこへ八月二日に原告から前記内容証明郵便がきたので、支払の準備を備えた上催告期限の最終日である八月六日の夜に原告を訪ねて、従前の要求を撤回し、約束どうり五、六〇〇円の家賃を払うから引き続き賃貸してもらいたい、もし貸してもらえれば直ぐ家へ帰つて家賃を持つてくるからと頼んだが、原告は弁護士に委してあるからといつて被告の申出に応じなかつた。そして、翌日の八日に催告にかかる延滞賃料二万二、四〇〇円を原告方に持参して現実に提供したが、原告から既に催告期間を経過しているからという理由で受領を拒絶され、翌九日受領拒絶を理由に右賃料を供託した。

このように認められ他にこの認定を左右するに足る資料はない。被告等は、この点について被告長谷川がしばしば家賃を提供しても原告が受領しなかつたので、やむなく供託したものであるというが、こうした事実を認めるに足る資料は何もあらわれていない。

右認定の事実によれば、被告が延滞賃料を提供したのは既に催告期限を過ぎた後であることが明らかであるから、原告と被告長谷川の本件家屋の賃貸借契約は催告期間満了の日である昭和三三年八月六日をもつて解除されたものと認める外はない。

右の判断に対しては、被告長谷川が弁済の準備を整えて催告期間内に賃貸借の継続を申入れ、期間満了の翌日に延滞賃料全額を提供している点を重視して、信義則上、契約解除の効力を認めるのは妥当でないという議論があるかも知れない。しかしながら、被告長谷川マツ本人の陳述によれば、本件家屋の賃貸借については間借の自由を認める代りに修繕は被告の負担とする特約があつたというのであるから、被告が前記のように修理の必要を理由に家賃を二千円引いて三、六〇〇円にしてもらいたいと言い出したことはそれ自体が筋の通らないことであるし、原告がこれに応じないからといつて家賃の支払を四ヶ月分も滞らせたことは益々もつて穏やかならざることといわねばならない。しかも、右陳述によれば、被告は相被告等に本件家屋の一部を転貸して一月合計一万二、〇〇〇円(但し、内一名については食事附)の転貸料を収受している事実が認められるのであるから、益々もつて然りといわざるを得ない。また、八月六日の夜原告方を訪れた際にも、すでに延滞賃料全額の調達ができていたのであるから、これを持参してその支払を済ますのが順当なことであるのに、被告は当然なすべきこうした措置もとつていない。これらの事実からすれば、結局、被告長谷川は家屋の修繕費を借用すると称して一方的に賃料から二千円の差引きを主張し、原告がこれを拒絶すると、支払能力があるのに、その支払を怠つたものというの外ないので、原告のなした前記契約解除を目して権利濫用ないしは信義則違反とみることは到底できないものといわねばならない。念のため附言しておく。

したがつて、被告長谷川は原告に対して本件家屋を明渡し、且つ前記延滞賃料二万二四〇〇円ならびに賃貸借契約解除の翌日たる昭和三三年八月七日から明渡済まで賃料相当額の損害金を支払う義務がある。また、原告と被告長谷川との間の賃貸借契約が解除された以上、被告長谷川から本件家屋の一部を転借している被告佐野、近藤、杉沢の三名も原告に対抗しうる占有権限を喪失したことになるので、右被告等に対して各自の占有部分の明渡を求める原告の請求もその理由がある。

よつて、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九三条第一項但書を適用し、主文のとおり判決する。

なお、仮執行の宣言は、被告等の立場を考慮し、家屋明渡を命ずる部分については適当でないと認め、これを附さないことにする。

(裁判官 石井良三)

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